梅雨の晴れ間。

最終日の「大正の夢・秘密の銘仙ものがたり」展へ。

この半年間で3度目となる神戸訪問。

車で片道4時間かけてでも訪問したわけは、
銘仙の着物鑑賞もさることながら、実際に
「銘仙に触れられるコーナーがある」と知ったからです。

神戸ファッション美術館

銘仙をもっと識りたい! 一心でしたが
それはただの観覧ではなく、体感に近い学びの場でした。

展示全体の印象   目と脳が忙しい圧巻の空間

 

今回の展示は銘仙コレクター 桐生正子氏の所蔵する
65枚の銘仙を中心に構成されていました。

どれも主役級の模様ばかりで、配色も大胆。
素晴らしい銘仙のコレクションです。
一枚一枚産地とキャプションを確認しながら
実物の銘仙と向き合う時間は至福の時間でした。

色と形と構成。すべてが主張していて、まるで脳が
フル回転するような驚きのコーディネートばかり。

「好き」と「こだわり」がはっきりと表れた展示で、
コレクションというものの面白さ、コレクターの
審美眼の奥行きと銘仙愛をひしひしと感じました。

秘密の銘仙ものがたり会場写真

ちなみに私は翌日になって知ったのですが、
最終日の会場で、インタビューを受けながら、
解説をされていた方が桐生さんご本人で、
お召し物もとてもお似合いで素敵な方でした。

思わずその解説を聞きながら、鑑賞したくなりましたが
ぐっと堪えてその場を離れて鑑賞しました。

 

スタイリストの感性が光る装い 驚愕のコーディネート

 

印象的だったのは、スタイリストによる着物のコーディネート。

帯、帯締、帯留、草履、半衿など、また籠や日傘などの
アンティーク小物との組み合わせも徹底されており、
まさに全身が表現の場。

現代のように自由なミックススタイルではなく、
伝統的な着付けの中で「革新」が行われている感じさえしました。

主役に主役を重ねて主役で締める!

銘仙着付けコーディネート集

それはまるで、正統派キルトに異素材や別の技法を
組み込むような足し算のキルトの世界を見るようです。

会場の中で特に心に残った二つの装いがあります。

静謐の美に惹かれた一枚

濃い紺地に、静かに水面を佇むような白鳥たち。
家の風景が描かれた帯。

異なるモチーフ同士が不思議な調和を見せ、
さらには白鳥の帯留めが意匠をつなぎ、黄色の半衿が
全体に優しい光を添えるようで、
美しさと静けさ、
品のあるコーディネートに心を奪われた一着です。

驚愕の柄合わせ   足し算の美

思わず目が釘付けになったのが柄×柄の極みともいえる
コーディネート。
黄色ベースの羽織に、椰子の木や建物のような
大胆な図柄。幾何学模様の銘仙。
帯や帯締めも個性派揃い。

ストールまでもが同系色にまとめられ、
これだけ足し算された装いにもかかわらず、
まとまっている。
思わず「凄い!」と心の中で叫んでいました。

この作品の前には多くの来場者が立ち止まり、
驚きの声を上げていたのも印象的です。

1930年代のエチオピアブームの影響を受けた意匠の
羽織だと知り、時代の熱気がファッションの隅々にまで
息づいていたことを証明するような作品です。

 

図案に宿る「時代のデザイン意識」

 

私が個人的にとりわけ魅了されたのは、
ロシア・アバンギャルドやバウハウス、アール・デコや
ミッドセンチュリー
といった海外の芸術運動の影響を
感じられる模様銘仙の実物に出会えたことです。

ロシア構成主義・ナウハウス銘仙

幾何学模様や大胆な色彩は、まさに当時の前衛芸術に
通じるものがあり、私のように20世紀デザイン好きには
たまらない内容です。

19世紀末のジャポニズムによる日本文化の海外流出と、
それに続くモダンデザインの「逆輸入」という
歴史的背景が、銘仙の図案デザインに深く反映されて
いることを改めて認識しました。

当時の図案家たちは、前衛芸術グループ「マヴォ」の
ような芸術運動とも無縁ではなく、柔軟に新しい
表現を取り入れ挑戦している姿勢が垣間見えます。

ここでもアートと密接に刺激し合った時代の熱気が、
銘仙の布地に静かに息づいているのを感じるのです。

私がなぜ銘仙に惹かれたのか・・・約100年前の
実物を目の前にして
腑に落ちた気がしました。

実物に触れて識る、銘仙の技法と産地の個性


会場では、ほぐし織の工程紹介から始まり、
時代や産地ごとに工夫が重ねられてきた銘仙の技法を
知ることができました。

なかでも展示会の目玉のひとつ『銘仙に触れる』
コーナーで、
説明書きを読みながら銘仙に触れ、
質感を確かめる中で、図録では得られない
生の情報を体得することができました。

銘仙サンプル

「自分の銘仙の出自を知りたい!」という思いから
この展を訪れましたが、同時にその見分けの難しさも
痛感することに。

それでもいくつかのサンプルのおかげで
「おそらくこれだろう」と思える手がかりが得られた
ことは大きな収穫です。

桐生正子氏のコレクションでは伊勢崎銘仙が特に多く、
その大胆な図案や色使いからは、伊勢崎銘仙の個性が
強く伝わってきました。

これまでぼんやりしていた知識も、実物に触れることで
少しずつ輪郭をもち、目に見える理解へと変わっていった
気がします。

終わりに 作品とつながる視点

 

アート鑑賞では自然に何かしらのアイデアのヒントを
得るものですが、キルター目線で見ると、

この展示は形・色・構成すべてにおいて、
生きた参考資料として心に残りました。

ここでは特に印象に残った2点をご紹介します。

ひとつはチェックに、思いもよらないラブリーな配色。
重なる模様の下ではストライプとして構成されている
点にも唸らされました。

そして、
織りで文字を表現するという革新性に驚く一方で
キャプションに書かれた「コ亜」の戦時スローガン。
そこに込められた背景と時代の空気に心が揺れた一枚。

銘仙が語るのは布の美しさだけではなく
歴史の真実でもある。
そんな瞬間に立ち会った気がします。

会場では着物を嗜む方、外国人や老若男女問わず、
多くの方々が興味深く鑑賞されている姿に、
感動しました。

銘仙に突然惹かれた私自身と同じように、
銘仙を愛する新たなコレクターが、
着物文化が廃れていく一方で
増えていくだろうとも感じました。

この展示で得た学びと出会いが、
これからの創作へそっと背中をしてくれそうです。

あなたにも何か一つでも響くものがあったなら嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。